神響梓弓は、
完成品を作るものでは
ありません。
一本の木と向き合い、
その声を聴きながら、
少しずつ、
一本の弓が生まれていきます。
急ぐことはできません。
時間をかけることも、
この弓をつくる大切な工程です。
一本一本、
同じ木はありません。
木目。
重さ。
香り。
響き。
すべて違います。
神響梓弓は、
一本の木との出会いから
始まります。
選ぶのではなく、
出会う。
その一本と向き合い、
その木が持つ個性を
受け止めること。
私たちは、
その静かな出会いを、
何よりも大切にしています。
神響梓弓づくりは、
木を削ることから始まりません。
まず、
梓の木を神前へお供えし、
静かに祝詞を奏上します。
一本の木への感謝。
これから結ばれるご縁への感謝。
そして、
この弓を迎える方が、
本来の自分として
歩めますように。
そんな願いを込めて、
一張り一張り、
静かに祈りを捧げます。
祈りを終えたあと、
木と静かに向き合います。
木は、
言葉を話しません。
だからこそ、
木目を見て、
重さを感じ、
響きを想像します。
さらに、
30日間の儀式で綴られた、
その方の歩みと言葉にも、
静かに目を通します。
迷い。
恐れ。
願い。
そして、
心の奥から現れた
魂の声。
一本の神響梓弓は、
木だけから生まれるのでは
ありません。
その方が歩んできた時間と、
一本の梓が出会うことで、
少しずつ形になっていきます。
木に、
ゆっくりと熱を加えます。
それは、
無理に形を変えるためでは
ありません。
木が、
もともと持っている
しなやかさを思い出せるように。
焦らず、
急がず、
木の様子を感じながら、
静かに待ちます。
ものづくりとは、
力を加えることではなく、
その素材が持つ力を信じること。
私たちは、
そう考えています。
熱を加え、
形を整えたあとも、
すぐに次の工程へは進みません。
木が、
静かに落ち着く時間があります。
何もしない時間。
けれど、
その時間も、
神響梓弓を生み出す
大切な工程です。
急がないこと。
待つこと。
自然の流れに委ねること。
それもまた、
ものづくりだと考えています。
削るとは、
何かを加えることではありません。
余計なものを削り、
木が本来持っている姿を、
少しずつ現していくこと。
一張りごとに、
削る音も、
削る量も違います。
木の声を聴き、
30日間の儀式で綴られた
想いを重ねながら、
一本ずつ鉋を進めていきます。
魂の声は、
少しずつ木の中から姿を現し、
世界に一張りだけの神響梓弓へと
育っていきます。
最後は、
静かに磨いていきます。
木肌は、
少しずつ、
手に馴染む表情へ
変わっていきます。
一張り一張り、
違う艶。
違う温もり。
磨くたびに、
木が持つ表情が現れ、
その方だけの響きが
宿っていきます。
世界に同じ木がないように、
世界に同じ神響梓弓も
ありません。
一張り一張り、
唯一無二の存在として、
静かに仕上げていきます。
最後の工程は、
私たちではありません。
受け取る方ご自身が、
精麻を編み、
弦を結びます。
その瞬間、
一本の木は、
神響梓弓になります。
完成させるのは、
作り手ではなく、
これから歩き始める人自身。
だから私たちは、
完成品をお渡しするのでは
ありません。
あなた自身の手で、
最後の工程を
迎えていただきます。
それが、
神響梓弓が
大切にしている思想です。
一張りの神響梓弓には、
たくさんの工程があります。
けれど、
私たちが作っているのは、
一張りの弓ではありません。
これから歩く人生に、
静かに寄り添う存在です。
一張り一張り、
同じものはありません。
だから、
出会いも、
一張りだけです。
神響梓弓は、
完成した瞬間が、
始まりではありません。
本当の始まりは、
その方が、
本来の自分として
歩き始める日です。
歩くのは、
いつも自分。
神響梓弓は、
その歩みに寄り添い、
今の自分に必要な響きを
思い出すための、
静かな伴走者でありたいと
願っています。