神事への道
神宿る島「篠島」
篠島での始まり
緊急事態宣言のさなか、
偶然のように選ばれた講座の開催地——篠島。
偶然訪れた地だったはずが、
振り返れば、
ここからすべてが始まったのです。
篠島で出会った神の地に立った時、
言葉にならない感覚がありました。
説明できない。
でも、確かに何かがある。
その感覚が、
その後の道をすべて開いていきました。

復活祭と祈りの場づくり
篠島には、長いあいだ忘れ去られ荒れていた神々がありました。
静かに祈りを続ける、篠島の神々と繋がる、吉戸まきさんの想いに応えたい──
その気持ちから、私たちのご神事が始まりました。
己巳の日に行う弁財天様の御神事。
経験も知識もなかったけれど、ただ心からの祈りだけはあふれていました。

集まってくださった人々とともに、篠島の神様へ、海へ、手を合わせる。
同じ頃、私たちは海水から「龍塩」を作り始め、それは祈りそのものとなっていきました。
幾度も祝詞を奏上し、ある日いただいた篠島の母からの言葉。
「今していることは、後に“徳”となり還ってくるぞ」
その意味は当時わからなかったけれど、今では少しずつ腑に落ちています。


記憶の目覚め
一年間ご神事を続けたのち、不思議とと思うようになりました。
その時、忘れていた記憶が突然よみがえったのです。
──祖父は祈祷師であったこと。
梓弓を叩き、音を響かせて祈っていた姿。
なぜ今、この記憶が蘇ったのか。
梓弓と「響きの杜」
「これからは島の方に託そう」島での御神事を終えたあとすぐに、最初の「梓弓」が完成しました。
それは導かれるような必然の流れ。
そして、まもなく出会ったのが「響きの杜」でした。
初めて見た屋敷は荒れ果てていたけれど、整えていくうちに不思議なものが次々と姿を現しました。
──蔵から出てきた陰陽師・土御門家の直筆古図面。
──かつてここに弁財天様が祀られていた痕跡。
──そして、宮大工が使っていた貴重な鉋(かんな)。
それらは梓弓の仕上がりを大きく変え、“祈りの弓”が命を宿すきっかけとなりました。
神事はこうして、確かな姿を見せ始めたのです。
篠島の母から言われていた
「今していることは、後に“徳”となり還ってくるぞ」
これが──神響梓弓と弓神事だったのです。
1本の線が見えてきた
振り返ると、
私たちがやってきたことに
一本の線が通っていました。
コーチングで
人の中に埋もれた本来の力を引き出すことも、
篠島での塩作りと御神事も、
忘れ去られていた神々に光をあてることも、
そして梓弓を蘇らせることも——
すべてが、同じ一本の線の上にありました。
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忘れられていたものに、光をあてる。
そして、蘇らせる。
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弓を使って行うことも、同じです。
目の前の人の中の、
忘れられた自分を思い出してもらうこと。
その人が本来持っていた響きを、
取り戻してもらうこと。
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コーチング、篠島、梓弓——
形は違っても、
やっていることは、ずっと同じでした。
その循環を生み出すことが、
私たちの役割だと思っています。
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篠島は、
その原点です。
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