私たちについて
響きの杜 黒明房子・吉岡和之
私たちは、
なぜこの弓を蘇らせることになったのか。
それは、偶然ではなかった
と思っています。
房子の話
岡山で、祖父から続く本家の稼業を継ぎ、
家族とともに暮らしていました。
平穏な毎日でした。
でもある日、強制終了が起きました。
前の主人が、
自ら命を絶ったのです。
真っ暗闇の中に突き落とされました。
色のない世界。灰色。
生きている感覚すら、なかった。
恐れや不安が、人の命を奪う。
それを目の当たりにした私が
この弓に導かれたのは、
必然だったのかもしれません。
和之の話
神戸で、自分が立ち上げた会社を経営していました。
従業員20人。情熱を持って始めた日々でした。
でも2011年、あの震災のあと——
坂道を転げ落ちるように、
会社がおかしくなっていった。
そして2014年、倒産。
会社だけではありませんでした。
家庭も崩壊しました。
ほんとうに、何もなくなった。
でも、その経験が気づかせてくれました。
今まで、どれだけ自分を偽っていたか。
これからは自分に正直に生きよう。
どん底で、出会った
それぞれがどん底の中で
心理学を学んでいたとき、
私たちは出会いました。
どん底を経験していたから、
相手の痛みがわかった。
「一人じゃない」
その実感が、凍っていた心を溶かしていきました。
そこから、心理学・コーチングを
10年、学び実践してきました。
でも気づいたのです。
言葉だけでは、魂に届かない。
どれだけ丁寧に言葉を重ねても、
届かない人がいる。届かない場所がある。
魂に届く体感が、必要だと。
そのとき、ふと思い出したのです。
祈祷師だった祖父が50年以上前に、
弓を叩きながら祈祷する姿を。
あのときの音。リズム。空気の震える感じ。
50数年ぶりに蘇ってきた。
探しました。
しかし、どこにも売っていない。
誰も作っていない。
ならば——
作るしかない。
梓の木を探し回り、製材所を探し、
使ったことのない鉋で削り、弓の形に曲げようとする。
曲がらない。折れる。また削り直す。
何十回も、折れました。
心が折れそうになるたびに、不思議と
「できない気がしない」という力が、背中を押してくれた。
3か月後。やっと一振りが完成しました。
精麻で編んだ弦を張り、
初めてその弓を鳴らした瞬間——
空間が、震えました。
その音は、ズドンと身体の奥を突き抜け、
魂が震えるような感覚をもたらした。
今までに一度も味わったことのない衝撃でした。
導かれた場所へ
2年半前、直感のまま今の屋敷に移りました。
その屋敷の中から、宮大工の鉋一式が出てきたのです。
なぜそこにあったのか、わかりません。
でも——その鉋を使い出してから、
弓の響きがまったく変わりました。
何かが宿った。そう感じました。
屋敷の中からは、たくさんの古文書も出てきました。
広げてみると、江戸時代のこの屋敷の家相図。
その署名に、「土御門家」とありました。
安倍晴明の系譜を引く、陰陽師の家系です。
気づけば屋敷のあちこちに、アゲハ蝶の家紋が。
箪笥の金具に。茶道具に。
それが土御門家の家紋でした。
平安時代、梓弓を使って魔を祓っていた陰陽師。
その家系との縁が、この場所に深く刻まれていたのです。
後で知ったことがあります。
この地は、弓の神「武御雷神」の
お膝元に位置していたのです。
自分たちで選んだのではなく、導かれていた。
あり得ない偶然が、いくつも重なっていました。
逆に言えば——
すべてが必然だったのかもしれません。
穢れを祓うということ
神の弓を自分の体に当てているうちに、
ある気づきがありました。
恐れや不安が、人の命を奪う。
前の主人が命を絶った原因も、それでした。
祈祷師だった祖父が梓弓で祈祷していたのは——
穢れを祓っていたのです。
その穢れの正体もまた、恐れと不安でした。
なぜ古代の人たちが梓弓で穢れを祓っていたのか。
1本の線に、繋がりました。
「使命」という言葉が
初めて、自分のものになった気がしました。
あなたへ
私たちが歩んできたこの道は、
決して平坦ではありませんでした。
でも——
どん底を潜らなくていい。
心理学、コーチング、篠島での御神事、
塩作り、祝詞、内観——
10年以上かけて実践し、身体で知ってきたこと。
気づけばそのすべてが、
この一振りの弓に宿っていたのです。
私たちが辿り着いた知恵を、
神響梓弓®は静かに体現している。
あなたは、
ただその響きを
受け取るだけでいい。
その響きを必要としている人が、まだたくさんいる。
その確信が、私たちをここまで歩ませてきました。
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